IV.変形菌の分布
 変形菌の多くの種は世界的公布種(普遍種、汎世界種cosmopolitan species)であり、まれな種ではあっても、現在のところ、ある特定地域の固有種(endemic species)であると認められているものはない。 したがって、固有種に基づいた区系分布は考えられない。 例えば、Eliasson(1996)はハワイの変形菌を調査したが、ハワイには被子植物では956種の自生種があり、そのうち850種(89%)が固有種で、シダ類では131/200(65%)、蘚類では112/233(48%)、地衣類は240/723(33%)が固有種とされている。 しかし、彼が調査した101種の変形菌のうちで固有種と考えられるものはなかった。 そうは言っても、ある特定の植物を発生基物とする変形菌が発見されれば、区系分布が考えられる可能性はないとは言えない。 かなり研究が進んでいる英国では固有種や絶滅した種類があるという学者もいる。 また、区系分布が考えらないとしても、ムシホコリ、キラボシカタホコリ、アオウツボホコリ、ミドリウツボホコリ、アカフシサカズキホコリ、Physarina echinocephalaなどのように、アジアに多い種類もある。 これらの種は以前に極東種(far eastern species)と呼ばれたこともあるが、研究が進むにつれて分布域が広がっている種もある。 タチクモノスホコリは長い間、オーストラリアのみから知られていたが、近年になって日本からも報告された(これはオーストラリアから輸入した木材などに胞子が付着していた可能性も考えられる)。 これらの種の分布は、過去に広い分布域をもっていて、現在分布域が狭くなった遺存固有種、または新たに分化しつつある新固有種であるとは考え難い。 Fefelov & Novozhilov (2002)はロシア連邦のウラル山脈は西側から来る気団の移動を妨げるので、生物地理学的境界線になっていると言っている。 彼らによると、この山脈とその東に広がる西シベリアとの共通種はわずか3種(Paradiacheopsis cribrata, Trichia munda, Licea testudinacea)で、ヨーロッパに属するロシアとウラル山脈の共通種でシベリアには見られない種は13種ほどである。 Fefelov (2002)はウラル山脈では北に行くほど変形菌の種数は減少する傾向があると言っている。 その内訳は北方針葉樹林では180種、トウヒとモミの混合林で106種、より乾燥したマツとカバの混合林で55種、森林とステップの混合地帯で10種、森林とツンドラの混合地帯で33種、その他の針葉樹と広葉樹の混合地帯で40種である。 Estrada-Torres(1999)はメキシコの東シエラマドレ山脈の東西では大きく変形菌相が異なると言う。 東斜面は多湿でカシ・マツ林、ハンノキ林、雲霧林、半常緑林からなり、139種の変形菌が見られ,最も種類が多いのは雲霧林で54種、カシ・マツ林50種がそれに続くと言う。 西斜面は乾燥した低木林で双子葉植物ではサボテン類、単子葉植物ではイトランやリュウゼツランなどが生育して、変形菌は少ないと言う。 従ってこの山脈も一種の境界線を形成していると言える。


IV-1.分布の指標
 デンマークのRaunkiaer(1928)は、ある地域の変形菌の種数に関して、次のような変形菌指数を提唱した。その指数は (世界の種子植物の種数/世界の変形菌の種数)×(ある地域の変形菌の種数/ある地域の種子植物の種数)で表わされ、 例としてあげられた1900年頃のデンマークの数値は、(140000/400)×(95/1084)=ca. 31である。時としてアミホコリ科と モジホコリ科の種数比(アミホコリ科の種数/モオジホコリ科の種数)が、比較のために使用されることがある。これは針葉樹に アミホコリ類が多く、熱帯地方にはモジホコリ類が多いことに基づいている。例えば、インド南部で0.03、ハワイで0.16、 オランダで0.25 (15/60)、日本で0.27 (31/116)、北米東部で0.70などの数値となる。また、ある地域の変形菌の多様性を比較するために、 種・属比(ある地域の変形菌の種数/ある地域の変形菌の属数)が使われることがあり、この値が高い場合は種の多様性が大きいとされている。 しかし、この比はほぼ同じ広さの狭い地域で比較する時に用いるべきであろう。例えば、Stephensonら(1993)の計算では、 米国東北部で2.24-3.65、インド北西部で3.04、インド南部で4.13などとなるが、オランダで5.54 (255/46)、日本で8.25 (437/53)などとなり、 米国全体を計算した場合はかなり大きな数値となるので比較することは難しい。二つの地域や研究試料の変形菌相の比較をする場合には、 群落係数(coefficient of community)を使うことがある。これは、2c/(a+b)で表わされ、aは第一地域の総種数、bは第二地域の総種数、 cは両方に共通な種数である。両地域に共通種がなければこの値は0で、両地域に全ての種が共通ならば1となり、この値が大きいほど二つの 地域の変形菌相は相似度が高いことになる。Stephenson(1988)はこの他にも次のような式を利用して、米国バージニア州の変形菌相のデータ分析 を行なった。種の相対的類似度(percentage similarity)はPS=Σmin(a,b,...x)で、二つの地域における種a,b,...xの割合の低い方の値の総和で表し、 共通種がなければ0、種の構成と数量値が同じであれば1となる。ある地域の種の多様度(species diversity)はShannonの公式を使用して SD(H')=-ΣPilogPi(Piは種iが総数に占める割合)で表し、1種のみしか出現しなかった場合は値が0となる。種の多様度を表す構成要素の一つ となっている種の存在度(均一度、species equitability, species evenness)はPielouの式で表され、J'=H'/H'max、H'max=logS (Sはある地域の最大種数)となる。生態的地位の幅(niche breadth)はNB=1/(nΣPij2)で、nは利用可能な生態的要素の数、Pij全生態的要素における 種iの総出現数で除したj生態的要素に出現するi種の割合である。i種全てが生木の樹皮などと言うような一つの生態的要素に発生すれば1/n、i種が 全ての生態的要素に出現すれば1となる。生態的地位の重複度(niche overlap)はO=Ojk=ΣPijPik/(√(ΣPij2)√(ΣPik2))で表される。Pijはj種に 利用されるi生態的要素の割合、Pikはk種に利用されるi生態的要素の割合で、二種が共通の生態的要素を持たなければ0、二種の生態的要素利用度が 同じならば1となる。種間関係はコールの指数(Cole's index)が使用されることがあり、二種が常に共存すれば+1.0、二種の共存が見られなければ-1.0 で表される。ある地域における種類の豊富度(species richness)は種数そのもので表されることが多いが、変形菌総数に占める割合で比較される こともある。ある種の変形菌の豊富さについての用語は曖昧なので、Stephensonら(1993)はまれ(rare)は調査地の全標本数の0.5%以下、ときに 見られる(occasional)は0.5-1.5%、普通(common)は1.5-3%、多い(abundant)は3%以上としている。これは全調査数に占める割合で表されることも多い。 また、観点を変えれば、大きな子実体ができる場所はその種にとって非常に好適な環境であることを示していると考えられ、生態的な研究をしてみる 価値があるように思われる。私の見た最大の変形体はアワホネホコリの白色の変形体で、高知市筆山にある山内家墓地の大きな 石垣(約30×200cm)を覆っていた。変形菌の子実体で最大のものはススホコリだと言われ、直径30cmくらいになるらしい。しかし、私の経験では 日本でこのように大きくなったものは見たことがない。ふつうはシロススホコリの子実体がススホコリのものより大きくて、直径15cm程度にまで 達する。その他の種で大きい子実体を形成するのはオオクダホコリで、高知県の三嶺自然休養林で1平方メートルくらいの中に、直径20cmていどの 子実体を7個形成していた。これらの子実体は着合子嚢体または擬着合子嚢体なので、単子嚢体型の子実体と単純に比較することはできない。 Keller & Rudy(1996)は米国テキサス州の公園で、モジホコリが腐木や落葉に数平方メートルにわたって発生し、ハダカススホコリの擬着合子嚢体 がハヒロハコヤナギの倒木の樹皮上に15mの長さで散在していたと言う。


IV-2.植物群系と変形菌
 変形菌の分布を決定する要因は温度、水分、餌(細菌、酵母、その他の菌類など)である。その餌の分布は、おもに温度と降水量に支配されて いる植生と密接に関係している。したがって、変形菌の分布は植物の生態分布と関連して考える必要がある。しかし、過去の変形菌相を研究した 報告の殆どは地理的境界線を考慮したもので、生態分布と結びつけた報告は少なかった。最近は生態学的報告がかなり増加しつつある。


IV-2-1.汎世界種
 変形菌の多くは汎世界種(世界的広布種)と言われていて、シロウツボホコリ、ウツボホコリ、ツノホコリ、クモノスホコリ、マメホコリ、 ススホコリ、シロモジホコリ、アオモジホコリ、ヒメカタホコリ、シロエノカタホコリ、ムラサキホコリ、ダテコムラサキホコリなどの種は、 ふつうはどの地域の変形菌リストにあげられている。また、微小変形菌は湿室培養による研究が進んでいない地域もあるので断定はできないが、 ハリホコリなども広布種であろうと言われている。例えば、世界で最も小さい変形菌とされているEchinostelium lunatumの子実体は高さが20-50μmで、 プエルトリコ島(米領)でグレープフルーツの落枝と花梗から採集されたが、その後は米国で種々の生木樹皮から採集されている。


IV-2-2.群系の水平分布
 陸上の大群系は荒原、草原、森林に分けられ、砂漠を除いて寒帯から熱帯に向かって、ふつうは寒地荒原、針葉樹林、夏緑樹林、硬葉樹林、 照葉樹林、雨緑樹林、熱帯・亜熱帯多雨林に分類されている。そして生物の種数の分布は、熱帯から極地に向かって急激に減少すると言われている。 しかし、変形菌はリター層の発達する温帯に多く、熱帯や寒帯ではリター層の発達が悪いので少ないと言われている。また、植物を乾生、中生、湿生、 水生、塩生植物と分類した場合には、変形菌は中生植物(mesophyte)に多く発生するとされている。しかし、湿生植物と変形菌の関係の研究が あまりなされていない現状では、これも断定はできない。Novozhilov(1999)は旧ソ連とモンゴルの生木変形菌をまとめて、各バイオームの 指標変形菌をあげている。砂漠ではマリハリホコリとヒメモジホコリ、ステップではハリホコリとツノホソホコリ、温帯の落葉広葉樹林では ツノホソホコリ、スミレアミホコリ、マガイフクロホコリとミズサシコホコリ、地中海の乾性林ではマルウツボホコリ、ツノホソホコリ、 Macbrideola synsporos、マリハリホコリおよびスワリフタコホコリ、タイガではハリホコリ、イトエダホコリ、へソコホコリとコホコリ、 ツンドラではふつうタイガの変形菌を貧弱にしたような状態で、ハリホコリとコホコリの出現頻度が少なくなると言う。


IV-2-2-1.荒原
 荒原は低温によってできる寒地荒原(ツンドラ)と、水分不足によってできる乾燥荒原(砂漠)とに分けられる。乾燥荒原はさらに温度によって、 熱帯・亜熱帯荒原と温帯荒原に分けられる。いずれの場合も変形菌はそれほど多くはない。

IV-2-2-1-1.寒地荒原の変形菌
 北寒帯や南寒帯に見られる群系で年平均気温は0度以下だと言われている。このような場所でも、植物遺体が存在すれば変形菌が発生することが 知られている。

IV-2-2-1-1-1.北極圏
 北極圏は北緯66度30分以北とされていて、北欧三国、ロシア連邦、カナダなどの北部がこの圏内にある。この地域に見られるツンドラは極地の 針葉樹林限界線より北に発達し、コケや地衣類が主体で、これらに草本やダケカンバ類やヤナギ類が混生する。永久凍土層が形成されて、夏でも 表面が融けるのみで、泥炭(ピート)が堆積することが多いが、低緯度地帯でも高山帯にはこのような群系が見られることがあると言う。 Stephenson & Laursen (1993)は、アラスカの亜北極圏と北極圏のツンドラに発生する変形菌を、フィールドワークと湿室培養で調査して17種を 報告した。その中ではヤニホコリがふつうに出現したという。その他に見られた種はハリホコリ、ハダカススホコリ、ヘビヌカホコリ、 ウリホコリ、マメホコリ、Macbrideola macrospora、ハチノスケホコリ、マユホコリ、トゲヒモホコリ、ヨリソイヒモホコリ、イモムシヒモホコリ、 ガマグチフクロホコリ、ワラベキモジホコリ、ミダレケホコリ、ヒョウタンケホコリ、ハイイロケホコリであったと言う。Stephenson(2002)は ツンドラ地帯に発達するピートは死木変形菌なども発生する発生基物になっていると言う。Schnittlerら(2002)は地球上で最も北にある森林は ロシア連邦のタイミル半島にあるものだと言う。そこでは温帯と比較して、樹上生ではケホコリ目が多くて、ムラサキホコリ目とコホコリ目の 種は少なくなり、リター種ではヤニホコリとヒメケホコリが多く、北極地方に適応して特殊化した種は存在しないと言う。

IV-2-2-1-1-2.南極圏
 南極圏は南緯66度30分以南とされている。この圏内に完全に入っている報告は未だないが、この付近の亜南極圏の変形菌については若干 報告がある。Spegazzini (1887)は、チリ南端部のプンタ・アレナス(約南緯53度)にあるナンキョクブナの腐木上から、Licea antarctica (現在のDiderma antarcticum)を新種記載した。Horak (1966)は南極半島(南緯64度53分)からDiderma antarcticolaを新種記載した。 Ing & Smith (1980, 1983)はサウスジョージア島(南緯54-55度)からハイカタホコリ、コンテリルリホコリ、ムレコムラサキホコリ、 ユキホネホコリを報告した。また、彼らによればユキホネホコリは南オークニー諸島(南緯60度43分)と南極半島(南緯65度16分)でも 採集されているという。Stephensonら(1996)はマッコリー島(南緯54度30分)を調査して、24種の変形菌を得たが、ナカヨシケホコリ、 ユキホネホコリ、マルサカズキホコリが最も多く、ヤリカミノケホコリは古いPleurophyllum属の花茎に発生していたと言い、ここにはコホコリ属 とツノホコリ属の種は見られないと報告した。Stephenson(2002)はオークランド諸島から31種類(湿室培養で11種、フィールドワークで24種 )の変形菌を報告した。これらの中でラセンウツボホコリ、ナガホウツボホコリ、ルリホコリ、タチケホコリは今のところ地球上で最南端の 記録だと言っている。

IV-2-2-1-2.乾燥荒原(砂漠)の変形菌
 砂漠は熱帯や温帯の大陸の内部に発達する乾燥した群系で、アジア大陸の東・中部、アラビア、アフリカ、オーストラリア、北米、 南米などに見られ、地球上の1/4を占めると言う。サボテンなどの特異な植物が多いので、最近はこの地域の変形菌も注目を浴びつつある。 Blackwell & Gilbertson (1980)は米国アリゾナ州の砂漠の変形菌を研究した。フィールドワークとサボテンの枯死体や植食動物の糞などの 湿室培養を行ない、過去の記録も含めて合計46種を報告した。普通種としてイトミフウセンホコリ、ニセシロモジホコリ、スカシカミノケホコリ、 Physarum straminipesをあげ、後に一種を新種Didymium eremophilumとして記載している。また、砂漠における変形菌の生存にとっては、 すばやい菌核の形成や変形体復帰能力が重要だと考察している。Schnittler(1996)はロシア連邦カザフ共和国にある、冬に非常に寒くなる 砂漠(北緯44度1分)の変形菌相を調べた。低木の樹皮、植物遺体、動物の糞を湿室培養した結果、非常に高率に変形菌が発生した。最も多かった種は ナカヨシモジホコリ、マリハリホコリ、カワハリホコリであったという。またProtophysarum phloiogenumも出現した。最後の種は米国 コロラド州、ゴビ砂漠、チュニジアなどの乾燥地から報告されている。湿室培養では子実体はすばやく出現し、早いものでは一日で発生した という。彼は空中湿度が連続して高い地域では、生木変形菌は樹皮に着生している地衣類やコケ類との競争に負けているのではないかと考えている。

IV-2-2-2.草原
 雨量の少ない場所や蒸発の激しい場所には草原が発達し、熱帯草原(サバナ)と温帯草原(ステップ)に分けられている。しかし、 日本ではこのような大規模な草原は見られず、高山帯に近いところにススキ型草原やササ型草原が見られることが多い。日本の 半自然状態のススキやシバは、ステップやサバナのイネ科植物の状態に似ていると言われている。これらの草原には変形菌は 比較的少ないと言われている。その理由として植食動物による摂食、自然火災または人間による野焼きなどにより、リター層が 少ないことなどがあげられている。サバナと砂漠の中間部には半荒原低木林(有刺樹林)と呼ばれる、アカシア、ミモザ、 リュウゼツラン、サボテンなどの下にイネ科植物が疎生する草原が発達することがある。この地帯の調査でも変形菌は少ない と言われている。また、日本ではススキの生育する野原などを放置すると、表層がクズなどの蔓植物に覆われることが多く、 このような状態になった草原の内部は、変形菌の良好な発生場所となっていることが多い。Haerkoenen(1981)はアフリカ西部の ガンビアにあるサバナの変形菌を湿室培養で調査した。植物遺体と生木樹皮の培養では、全培養数の71%に変形菌が発生した。 発生種はシロウツボホコリ、コウツボホコリ、マルウツボホコリ、クロエリホコリ、スカシカミノケホコリ、ヒメアミホコリ などであったと言う。Ing (1964)はナイジェリアのサバナなどの変形菌を報告したが、その中の一種のMetatrichia horridaは、 トウダイグサ属の腐木に発生したものが新種記載され、今のところこの種は熱帯地方のみから報告されている。Cavalcanti & Mobin(2002) はブラジル北部(南緯4度付近、標高480m)のサバナにあるビンロウジ科のヤシに発生する変形菌を調査した。45種を確認し、 多く発生する種はシロウツボホコリ、ウツボホコリ、ホソエノヌカホコリ、ヘビヌカホコリ、ハチノスケホコリ、タマモチモジホコリ、 オオムラサキホコリであったと言う。Novozhilovら(2002)はロシア連邦のカスピ海地方のステップと砂漠の変形菌を調査した。 湿室培養で103種類、フィールドワークで111種類が得られ、樹皮にはスカシカミノケホコリ、Macbrideola oblonga、 マガイフクロホコリが多く、植食動物の糞にはBadhamia apiculospora、ネズミススホコリ、フンヒモホコリ、ホソコホコリが 多かったと言う。同時にこのデータを米国のコロラド平原と比較しているが、カスピ海低地には発生せず、コロラド平原にのみ 発生した種としてMacbrideola declinataEchinostelium coelocephalumDidymium mexicanum、イトミフウセンホコリをあげている。

IV-2-2-3.森林
 森林には生木はもちろん、倒木や落葉などが多いので、生木変形菌、死木変形菌、リター変形菌など、変形菌相が最も 豊富な大群系である。また、森林帯の下層を構成する草本は気候により変化するので、独特の変形菌が見られることもある。 ふつう、森林の構成要素により生息する変形菌の種類や量が異なっていることが多い。例えば、Moroz(1996)によれば、 ベラルーシでは135種の変形菌が知られているが、マツ林が最も多産で95種、次いでトウヒ林が54種、ハンノキ林が36種、 カバノキ林が27種、ポプラ林が17種を産すると言う。

IV-2-2-3-1.針葉樹林 coniferous forest
 針葉樹林はおもに北半球にあり、高木の純林を形成することが多い。最も代表的なものはシベリア地方の北緯50-70度にある タイガであろう。ヨーロッパでは落葉針葉樹のカラマツや常緑針葉樹のトドマツ類、北アジアではこれらにエゾマツが混じり、 北米ではマツ、カラマツ、ツガ、モミ類が多く、南米ではナンヨウスギ、マツ、モミ類の森林があると言う。日本では北日本や 亜高山帯にシラビソ、オオシラビソ、コメツガ、トウヒなどの森林があり、海岸ではクロマツ林が多く、アカマツ林は広く各地に 分布している。また、推移帯にはモミやツガ林が見られる。これらの針葉樹の落葉はふつう窒素が少なくて分解が悪いので腐食質が 堆積する場合が多い。これらが純林を形成した場合は、カラマツやアカマツやクロマツ林を除いて、外光の照射が少ないので、変形菌は 少ないと言われている。Stephenson (1983)は米国の温帯における針葉樹林の変形菌相を比較した。ウェストバージニア州 (北緯38度40分、1112m、バルサムモミ・アカトウヒ林)、バージニア州(北緯36度40分、1737m、コバノバルサムモミ・アカトウヒ林)、 ノースカロライナ州(北緯35度30分、1768m、コバノバルサムモミ・アカトウヒ林)をフィールドワークと湿室培養で調査して 三地点合計で19種を得た。三地点の共通種はシロウツボホコリ、ハリホコリ、クダホコリ、二地点共通種はヤリカミノケホコリ、 フサホコリ、コホコリ、シロモジホコリ、アオモジホコリ、サビムラサキホコリで、その他の注目すべき種としてバルベイホコリをあげている。 Stephenson & Darrah(2002)はアパラチア山脈の亜高山帯にあるトウヒの森を調査して49種を得た。その中でバルベイホコリ、 メダマホコリ、ロウホコリ、ルリホコリ、キララホコリ、アカアミホコリ、クロエホネホコリ、タチケホコリはこの地帯に分布の 中心がある種だと考えている。しかし、これらの種は日本ではツガやモミなどの推移帯林に発生することも多い。Haerkoenen (1978)は フィンランドのラップランド地方における北方針葉樹の樹皮を湿室培養して、ヤリカミノケホコリ、イトエダホコリ、Physarum nudumを オウシュウアカマツから、ウリホコリを森林限界のカバノキ類から得ている。Rodoriguez-Palma & Estrada-Torres(1996)はメキシコの モミ−マツ林に産するコホコリ目の変形菌を調査した結果、コホコリ目の種は温帯地方より乾燥地や寒冷地や熱帯地方では少なくなり、 これらは極端な温度や相対湿度に感受性が強いと考えている。

IV-2-2-3-2.夏緑樹林(落葉広葉樹林)summer-green forest, temperate deciduous forest
 温帯の冬に低温で夏は比較的高温な地域に発達する落葉樹林で、欧州西部と日本東北部のブナ林、欧州西部から中部のナラ林、 北米東部と欧州東南部のナラ、ブナ、カエデ、シナノキ、トネリコなどの落葉広葉樹の混交林、チリのナンキョクブナの落葉広葉樹林、 湿地のハンノキ、ヤナギなどの落葉広葉樹林などに分けられるという。日本では北海道南部から九州南部の山地帯まで分布し、 ブナーチシマザサ(チマキザサ)の日本海型ブナ林と、ブナースズタケ(ミヤコザサ)型の太平洋型ブナ林とにふつう区別される。 日本でのこの樹林帯にはウラジロモミ林などの針葉樹林があることも多い。二次林としてはミズナラ林やダケカンバ林などがある。 夏緑樹林帯の変形菌相の研究は、世界の樹林帯の中で最も進んでいるが、生態的にまとまった報告は意外に少ない。 この地域の変形菌類については、山地のないオランダでの変形菌相をまとめた、Nannenga-Bremekampの成書(1991)が、山地針葉樹の混合が少なく、 最も信頼できるものと思う。オランダ産の種類を概数で計算してみると46属255種となり、アミホコリ・モジホコリ科の種数比は0.25で、 日本よりやや小さい。ブナ林では死木変形菌は夏にも秋にも多いが、生木変形菌やリター変形菌は意外に少ない。日本ではダテコムラサキホコリ などは夏にブナの腐木に多く発生するが、ケホコリ属の多くの種やコンテリルリホコリやブドウフウセンホコリは秋に発生することが多い。 しかし、その理由は不明である。


IV-2-2-3-3.硬葉樹林 sclerophyllous forest
 地中海式気候で冬雨夏乾燥型の気候帯に発達する、葉が小さくて厚くて硬い常緑広葉樹林で、地中海沿岸ではコルクガシ、 ホルムガシにイシマツ(イタリアカサマツ)やアレッポマツなどが混じると言われている。北米西部沿岸にもカシ類の硬葉樹林がある。 オーストラリア南部ではユーカリ林となる。日本で見られる海岸のウバメガシ、ハマヒサカキ、シャリンバイなどの群落は地形的極相の 硬葉樹林だとも言われている。スペインのLadoら(1996)はバレアレス諸島の変形菌を研究して125種を報告した。その中では アミタマサカズキホコリ、シロジクキモジホコリ、Didymium laxifilaPhysarum bitectumがふつうに出現するという。その他、熱帯に 多いとされているクビナガホコリ、ツムギカミノケホコリ、ボゴールフクロホコリ、スミスムラサキホコリなども見られ、まれに珍種の オオミススホコリも採集されている。日本のウバメガシ林ではシロジクキモジホコリやタワラニセジクホコリなどが採集されているが、 まとまった報告はない。


IV-2-2-3-4.照葉樹林(温帯常緑広葉樹林)laurel forest, temperate broad-leaved forest
 温帯多雨気候に発達する常緑広葉樹林で、高木の芽は鱗片で覆われている林だと言われている。韓国南部、中国中南部、台湾の山地帯、 ヒマラヤ山地南麓、ポルトガル、スペインのカナリア諸島、カリブ海沿岸、チリ、ニュージーランドなどに発達する。日本ではおもに南部 に見られ、太平洋側では宮城県南部の低地帯、日本海側では山形県南部の低地帯まで分布すると言われている。日本では照葉樹林帯には 分類学的に興味深い種類が多く発生し、その研究は徐々に進んでいるが、純林が少ないことなどもあって生態学的研究のまとまったものは 少ない。日本の照葉樹林帯にはタブ林、ホルトノキ林、シイ林、カシ林、モミ・カシ林、ツガ・カシ林などが見られ、夏緑樹林への 推移帯林としてモミ林やツガ林がある。また、海岸にはウバメガシ林、トベラ・マサキ林、ハマビワ林、クロマツ林などが見られる。 二次林としてはアカマツ林、シイ林、カシ林、コナラ林、クリ林などがふつうである。ときに推移帯にツガ・トガサワラ林、コウヤマキ林、 ヒノキ林なども見られる。これらの林では、ふつう死木変形菌もリター変形菌もともに多いが、シイ林、モミ林、ツガ林、ウバメガシ林、 アカマツ林、クロマツ林ではリター変形菌は少なくなる傾向がある。これは落ち葉が小さくて、自然の湿室培養状態を作りにくいことと 関係があるように思われる。ヌカホコリは秋から冬にかけておもに山地帯に発生し、ホソエノヌカホコリはおもに初夏から秋にかけて 低地帯から山地帯に発生する。したがって、「すみわけ」をする傾向が見られる。このような現象はトゲケホコリとケホコリ、そして ハダカコムラサキホコリとコムラサキホコリとの間にも若干の傾向が見られる。しかし、高緯度地方ではこのような傾向が不明瞭に なる場合もある。


IV-2-2-3-5.雨緑樹林 rain-green forest (monsoon forest)
 熱帯多雨林より降水量が少なく、乾季に落葉して雨季に葉をつける樹林で、モンスーン林とも言う。インド、ミャンマー、タイ、 ベトナムなどのチーク林、アフリカのアカシア林、オーストラリアのユーカリ林などがこれにあたるとされている。Stephensonら(1993)は 熱帯モンスーン気候のマドラス(北緯13度8分)を含む、インド南部の変形菌相をまとめた。この地方で多い種はシロウツボホコリ、 キンルリホコリ、ヨリソイヒモホコリ、ハイイロフクロホコリ、シロジクキモジホコリ、Physarum echinosporumであった。 採集品の中では、モジホコリ目の種が他の地域より圧倒的に多く、この地域の変形菌相全体の63.0%を占めた。逆にインド北西部や 米国東部で一番多いケホコリ目の種は少なく、19.0%であった。発生基物は圧倒的にリターが多く、リター種が変形菌相全体の63.6%を 占めたという。Rodriguez-Palmaら(1996)は、メキシコ太平洋岸の熱帯季節風林(北緯16度30分)を2日間調べ、41変形菌を採集した。 その中の11種はモジホコリ属であり、ジャワモジホコリ、Diachea silvaepluvialisPhysarum nicaraguenseLamproderma cf colliniiなど が含まれていたという。


IV-2-2-3-6.熱帯・亜熱帯多雨林 tropical & subtropical rain forest
 熱帯多雨林はアフリカ中央部、インド南部、マレーシア、インドネシア、南米アマゾン川流域、オーストラリア東北部などに発達する 常緑広葉樹林で、樹木の葉に光沢があって毛はなく、芽には鱗片がないとされている。亜熱帯多雨林は熱帯多雨林から照葉樹林帯への 推移帯で、中国南部や台湾の低地帯においてかなり明瞭で、日本では西表島の低地帯や小笠原諸島などがこれにあたるとされ、アコウ帯 などと言われることもある。しかし、西表島の山地帯はスダジイやオキナワウラジロガシが多いので常緑照葉樹林帯であり、小笠原諸島 では温度は亜熱帯的であるが降水量は少ないので、硬葉樹林的な照葉樹林帯だという見解もある。熱帯・亜熱帯多雨林の林冠が閉じたような 環境では、変形菌は非常に少ないと言われている。その理由として(1)土壌の酸性度が高い(2)空気の流動が少なくて胞子散布に不利である (3)スコールが多くて子実体が洗い流される(4)糸状菌が多いために変形菌の子実体が侵されやすい(5)変形菌の胞子を食べる昆虫などの 捕食者が多い(6)日光の照度不足(7)変形体として生活する種が多くて希にしか子実体を形成しない(8)リター層の分解が早くて堆積が 少ないことなどが考えられている。古くはR.E. Fries (1903)が石灰性変形菌(モジホコリ目)は熱帯に多いと言ったが、現在でも モジホコリ類が熱帯地方に多い傾向があることは認められている。以前からCeratiomyxa morchella, Tubifera bombarda, Physarina echinocephala, Physarum echinosporum, Diderma subdictyospermumなどは完全な熱帯性の種であると言われ、 温帯にも分布するが亜熱帯から熱帯にはるかに多く発生する傾向がある種としてサラモジホコリ、ボゴールフクロホコリ、 サラモジホコリ、ムラサキサカズキホコリ、ジャワモジホコリ、モモワレモジホコリ、イタモジホコリ、キラボシカタホコリ、 Ceratiomyxa sphaerosperma、コヒモホコリなどがあげられてきた。最近では、メキシコのEstrada-Torresら(2002)は熱帯の広布種 としてムラサキサカズキホコリ、Diachea silvaepluvialisMetatrichia horrida、ジャワモジホコリをあげている。 また、新世界の熱帯種としてCribraria fragilisDidymium mexicanumPhysarum tropicaleDiderma acanthosporumを列挙し、 Cribraria zonatisporaはメキシコ産の多肉植物に付着して各地に分布を広げていると言う。Schnittlerら(1999)はエクアドルに あるアンデス山脈の雲霧林(1200-2750m)の変形菌を調査したが、リター変形菌は多いにもかかわらず、生木変形菌は殆どいなかった と言う。また、コスタリカでは地上リターより空中リターに変形菌が多く、生葉上の苔類や巨大草本の生きている花にも 変形菌が多数発生すると言う。


IV-2-2-4.特殊植生
 ふつう砂丘や水中には変形菌は発生しないと考えられているが、このような場所でも植物遺体があれば変形菌は発生する。 胞子散布や温度耐性などの観点からすると、研究してみる価値はありそうに思われるが、このような場所では当然、変形菌が 少ないことが予想されるので、日本での報告は皆無であると言ってよい。


IV-2-2-4-1.海岸砂丘植生(coastal sand dune)
 海岸の砂丘には植物が少ないので、当然変形菌相も貧弱だと思われる。Hagelstein(1930)は米国ロング・アイランドの海岸公園で 58種の変形菌を記録している。これらの種は草本遺体の他に流木や紙の屑などに発生していたと言う。英国ではIng(1968, 1976)など により、流木に発生した変形菌が報告されている。そこの海岸ではふつうのリター種のほかに、Diderma astroides、ヤニホコリ、 アワホネホコリ、カワリモジホコリなどが見られ、海岸の地衣類の上でジュズホコリ、ルリニセジクホコリなどが採集されている。 また、砂利海岸(shingle beach)でもいろいろな変形菌が知られているが、とくにハナゴケ属の地衣類にはジュズホコリ、コホコリ、 コガタコホコリなども発生すると言う。Novozhilovら(2002)はアラスカ北西部の砂丘で変形菌を調査した。フィールドで41種を採集し、 湿室培養では腐木の材に14種、生木樹皮に8種、リターに7種、コケの生体に5種、植食動物の糞にはガマグチフクロホコリと ウリホコリが多く、トウヒの腐りつつある球果にはイモムシヒモホコリとコカクヒモホコリが多く見られたと言う。 砂丘ではなくても、日本の海岸林は硬葉樹林に似ていると言われるウバメガシ林、トベラ・マサキ・ハマビワ林やクロマツ林が見られる。 特に海岸のクロマツなどにはふつうに変形菌が発生するので研究してみる価値はあると思う。


IV-2-2-4-2.川岸植生(riparian vegetation)
 川岸は時々川の氾濫で土が流されたりするので、ふつうの場合は川岸低木群落が発達する。日本ではネコヤナギ、カワラハンノキ、 キシツツジなどが生育している。ドイツから記載されたArcyria ripariaは、川岸の地面とスゲ、ドジョウツナギ、ガマ、アオウキクサ、 ハリイ属などの種の遺体や小根の上で発見された種である。Zemlianskaia & Novozhilov(1999)はロシア連邦のステップと砂漠にある 湖岸や川岸の変形菌を調査した。そこでは温帯植生とほぼ同じ植生が見られ、得られた変形菌も温帯林と似ていて、死木変形菌では シロウツボホコリ、キウツボホコリ、タレホウツボホコリ、マルウツボホコリ、ヌカホコリ、マメホコリ、Physarum straminipesなど、 リター変形菌ではシロサカズキホコリ、シロエノカタホコリ、ヤニホコリなどが多かったと言う。そして、大河よりは小さい川の川岸に 変形菌が多かった。その理由としては、小川の方が湿度と雪融け水を長期間保つからだと考えている。日本では川岸などに生息する変形菌は 研究されたことはないので、これからの課題の一つと言える。


IV-2-2-4-3.水中植生(aquatic vegetation)
 水中植生は沈水植物、浮葉植物、抽水(挺水)植物、浮遊植物群落などに分けられる。中でもヒシなどの浮遊植物群落には変形菌が 発生している可能性があるが、研究されたことはない。英国にある満潮の際に短時間海水でおおわれる塩生湿地(salt marsh)では、 満潮の際の最大潮位以上では、抽水植物にかなりの種類の変形菌が見られるという。日本では海岸の一部にハマサジなどからなる 塩湿地植生が見られるが、このような地域での変形菌の調査報告はない。


IV-2-2-4-4.湿地植生(wetland vegetation)
 土が常に水をたくさん含んでいる湿地では草本類が優勢である。日本では高層湿原や低層湿原がときに見られ、ヨシやオギや ミズバショウなどが生育する。英国のこのような土地の腐った草本にはハンゲツカタホコリが多いと言う。この種はその一生を 水中で過ごすことが可能と考えられていて、このこととハンゲツカタホコリが湿地に多いこととは関係があるかもしれない。湿地に 生育するカワラハンノキやヤナギ類の落下した小枝などにはカサネホコリ、マユホコリ、Oligonema flavidumなどが多く、ミズゴケ類が 多く生育する泥沼にはBadhamia lilacinaSympytocarpus trechisporusAmaurochaete trechispora、ルリホコリ、キララホコリなどが 見られるという。また、低木の生育する荒地に多いとされているヒトエホネホコリは沼地のコケの上にも発生するという。 珍しい例であるが、Ing(1994)によれば、Didymium applanatumは湖畔に生育する水生被子植物のリターの上に多いという。


IV-2-2-4-5.マングローブ林(mangrove swamp forest)
 熱帯や亜熱帯の潮間帯に見られるマングローブ林は塩水に洗われるため、変形菌の発生は極めて少ないとされている。 この林に発生する変形菌としては、Kohlmeyer(1969)のウツボホコリの報告の他には知られていない。日本では西表島などに マングローブ林が見られるが、空中リターなども含めて調査してみる価値はあると思う。


IV-3.垂直分布
 高度が上がると気温減率(0.6℃/100m)によって温度が低下し、それに伴って樹種が異なると、落葉や樹木を分解する細菌や 菌類などにも差異が生じ、それを餌とする変形菌の分布もこれに伴って違ってくることが予想される。日本の本州中部では、 ふつう海抜高度0-700mを低地帯(丘陵帯)、700-1700mを山地帯、1700ー2500mを亜高山帯、2500m以上を高山帯に分類し、低地帯には 照葉樹林(シイ、カシ、タブなど)、山地帯には夏緑樹林(落葉広葉樹林)が発達し、下部はクリ帯、上部はブナ帯などと呼ばれる ことがある。亜高山帯には常緑針葉樹林(シラビソ、コメツガ、トウヒなど)が見られ、1700m付近の高木限界以上を高山帯と呼び、 高山草原が見られる。これらは低地から順に、水平分布で言うところの暖温帯(暖帯)、冷温帯(温帯)、亜寒帯、寒帯に相当する。 緯度が高くなるに伴ってこれらの樹林帯の境界線は低くなる。Ukkolaら(1996)はアフリカのタンザニアの変形菌相を報告した。 800m以下の低地帯(熱帯多雨林や半荒原低木林)、800-1000mの亜山地帯、1000-2400mの山地帯、2400m以上のシャクナゲ帯の中では、 山地帯に圧倒的に変形菌が多いと言う。また、シャクナゲ帯で変形菌が少ない理由として、強い紫外線の影響を考えている。 Lado & Teyssiere (1996)は赤道ギニア共和国本土とビオコ島(北緯1度-3度45分)で12月に採集した変形菌について調査した。 本土は高さ500-700mまでだが、ビオコ島では600-900mが熱帯季節風林、900-1500mは亜熱帯多雨林、1500-2500mはウコギ帯、 2500-2600mはシャクナゲ帯、2600-3012mは高山草原であるという。そこでは42分類群が記録されたが、多く見られた種は ホソエノヌカホコリ、シロウツボホコリ、ツノホコリ、ダテコムラサキホコリ、ウツボホコリ、サラクモノスホコリ、 アシナガアミホコリ、アミホコリ、スミレアミホコリ、ヘビヌカホコリ、ツヤエリホコリ、ホシモジホコリであったと言う。 Schnittler & Stephenson(1999)はコスタリカの変形菌をフィールドワークと湿室培養で調査して95種を得ている。ここでは高度が 高くなるに伴って季節的に乾燥する半落葉樹林、同様の常緑樹林、多雨林、雲霧林と変化するが、高度の上昇に伴って地衣類などの 着生植物の種数は増加するが、樹木に発生する変形菌の種数は減少し、リター変形菌も半落葉樹林で最も多く、雲霧林で最も少なかった。 その理由として多湿状態が変形菌の子実体形成に悪影響を及ぼしていると考えている。これは多湿状態を長期に継続して 湿室培養した時は子実体形成率が低下するということからの類推である。そして種数/培養数の比は一次林の地上リターで0.66、 一次林の空中リターで1.25、二次林の地上リターで2.98、二次林の空中リターで4.45と、樹冠の間隙が多い二次林、そして乾燥 しやすい空中リターに変形菌が多かったと言う。このことから、変形菌は地上生物の種の多様性は熱帯多雨林で最も高い、 と言う事実に反する生物群ではないかと考えている。日本では変形菌は殆ど低地帯と山地帯で調査されていて、亜高山帯や高山帯の 変形菌のまとまった報告は極めて少ない。また、米国などで高山変形菌として報告されているバルベイホコリや好雪性変形菌は、 日本での定義に従うと、山地変形菌または亜高山変形菌と言うべきであろう。