V.変形菌の生物季節学 Phenology
 以前にはマメホコリなどは一年中発生すると言われていたが、調査してみると、 アカマツ林では梅雨明け頃と秋に発生し、決して年間を通して発生しているのではないが、 発生した子実体が長期にわたって残存する傾向があるので、そう考えられたのだと思う。 一般的に言って、温帯付近の変形菌は子実体を形成する季節が決まっているように思われる。 しかし、北海道の高山などでは発生が夏に集中する傾向もあるので、これが光周性によるもの とは考え難く、温度、湿度、その他の要因によるかどうかについても、明確には解明されて いない。また、英国などでしばしば冬に発生すると言われている種でも、日本ではおもに夏に 発生したりするので、地域性も考慮に入れなければならない。フィールドで梅雨明け頃に見られる 種でも、室温で湿室培養した場合、春から秋(4-10月)まで連続して発生することが多い。 以下に述べることは暖温帯地方で、春は3-5月、夏は6-8月、秋は9-11月、冬は12-2月を指すこととする。


V-1.春に発生する種spring species
 厳密な意味で、春のみに発生する種は存在しないように思われるが、マツノスミホコリは 殆ど3-5月に採集される。ヤリカミノケホコリ、ナガホカミノケホコリ、ハジケカミノケホコリ、 クロアミホコリ、カクミアミホコリなどは早春にもよく見られる。しかし、これらは生物季節学的 二様性を示す種と考えたほうがよいと思う。また、シロエノカタホコリはしばしば早春にも 採集されるが、夏にもふつうに見られる。好雪性変形菌はおもに春に採集されるが、かなり高度の 高い場所では夏の雪融け時期にも見られるので、厳密な意味では春に発生する変形菌ではない。 しかし、春に最も多いのでここで好雪性変形菌を扱うことにする。


V-1-1.好氷霜性・好雪性変形菌cryophilous & snowline (nivicolous) myxomycetes
 好雪性変形菌は1年のうち数ヵ月間雪に覆われる地方で、雪の下で成長して、生きた低木の枝や 植物遺体などに子実体を形成し、雪が融けるにしたがって人目に触れるようになる変形菌である。 このような変形菌の研究はスイスのジュラ山地でメラン、米国のコロラド州でスタージス、 カリフォルニア州でクックやコワルスキーなどが研究した。現在ではフランス、ドイツ、オーストリア、 イタリア、アイスランド、ノルウェー、ロシア、トルコ、英国、スペイン、クレタ島などからも 好雪種が知られている。日本では北海道、本州、四国での発生が知られているが、今のところ 九州からの報告はない。この仲間にはフデゲホコリ属、イトホコリ属、ホネホコリ属、ルリホコリ属、 ニセジクホコリ属、キララホコリ属などの種が多い。特にルリホコリ属はごく少数の例外を除いて 好雪性のものが多いので、氷河期の遺存種かもしれない。Meyerら(1996)はフランスにあるジュラ山脈南端部や、 モンブラン山の西部の山岳地帯(北緯46度付近)で、15年間好雪性変形菌を調査して、約50種類8000点の 標本を得たと言う。好雪性変形菌は3月末から8月まで、高度800-2600mで、南面の牧草地、林縁、森林の 開拓地、道路縁などのコケモモ属の一種Vaccinium myrtillusの枝の上に特に多く、採集は風のない晴天続きの日が よいと言っている。Novozhilov & Schnittler (1997)はロシア連邦のコラ半島(北緯67度38分)から12種の 好氷霜性・好雪性変形菌を報告した。その60%はリター生変形菌で、ザウタールリホコリ、ハイイロフクロホコリ、 ヤマケホコリが多く、コンテリルリホコリ(広義)、ツブキララホコリはふつうで、ワガタホネホコリ、 ハイカタホコリ、Lepidoderma aggregatumがときに見られ、Diacheopsis effusa、ユキホネホコリ、 カレスチアルリホコリ、サビルリホコリはまれだったという。Lado(1999)によれば、スペインのイベリア半島 では好雪性変形菌は三型が区別できるという。儀燭1500-2000mの高木限界付近の腐木に発生するもの。 況燭2000-2500mにある低木の枝に発生するもの。祁燭2500-3000mの高山草原の草本に発生するもので あると言う。しかし、日本では種々の型が混生していて、このような明確な型があるのかどうかは不明である。 日本で知られている好雪種はイタドリやヨモギの腐った茎などに多く発生し、ハイカタホコリ、クロミルリホコリ、 カレスチアルリホコリ、アイルリホコリ、ザウタールリホコリ、ハイキララホコリ、ツブキララホコリ、 ヤマケホコリなどが知られている。しかし、アイルリホコリとヤマケホコリは希に秋から冬に採集されることもある。


V-2.夏に発生する種summer species
 日本では落葉や植物遺体に発生するリター変形菌の殆どの種は、梅雨の中休みや梅雨明け頃に発生する。 しかし、暖地では5月に多く発生することも希ではない。生木変形菌や死木変形菌も少数の例外を除いて 梅雨明け頃に発生が集中することが多い。この現象は温度ではなく、乾燥が原因となっている場合が多い と思われる。特にムラサキホコリ類は乾燥状態が一定期間継続しないと発生が見られないことが多い。 しかし、温度が関係すると考えられる種もある。例えば、チョウチンホコリは盛夏にならなければあまり 発生しないし、ムシホコリやその他のススホコリ類にもややこの傾向が見られる。ツノホコリ類は腐木や 落枝を湿室培養すると、他の種に先駆けて発生するので、フィールドでの夏の死木変形菌の発生時期の 目安にすることができる。形態がよく似たコモチクダホコリとクダホコリでは、前者はおもに夏に発生 するのに対し、後者は秋に多い。


V-3.秋に発生する種autumn species
 秋に発生する種は、おもに10月頃から山地のブナ、ツガ、モミなどの腐った大木に多く、低地帯や落葉 などにはまれである。よく似たヌカホコリとホソエノヌカホコリは、おもに前者は山地帯で秋に発生し、 後者は低地帯から山地帯で夏に発生するので「すみわけ」をしているように思われる。針葉樹の腐木上に 多い種はモミウツボホコリ、バルベイホコリ、メダマホコリ、カクミアミホコリ、メイランアミホコリ、 サビアミホコリ、オオアミホコリ、ムラサキアミホコリ、アカアミホコリ、ブドウホネホコリ、キホネホコリ、 ツチグリホネホコリ、ヘソホネホコリ、ロウホコリ、ルリホコリ、トゲミキモジホコリ、エツキケホコリ、 タチケホコリ、ヒョウタンケホコリ、ハイイロケホコリ、ナカヨシケホコリ、オオクダホコリなどである。 その中でもメイランアミホコリは秋でもかなり寒くならないと発生しない傾向がある。広葉樹の腐木上に 多い種はオオフウセンホコリ、ブドウフウセンホコリ、コガネホコリ、ハナホネホコリ、ドロホコリ、 ヌカホコリ、コンテリルリホコリ、ハチノスケホコリ、ハナハチノスケホコリ、ホネモジホコリなどである。 中でもオオフウセンホコリやホネモジホコリは腐木でも、材ではなくて樹皮に多く、ドロホコリは硬い樹皮や 材に多く見られる。また、イオウモジホコリは秋に山地の落葉広葉樹の落葉に多い傾向がある。


V-4.冬に発生する種winter species
 冬に採集される変形菌は、秋に発生した種が残っていることが殆どで、冬に限って子実体を形成する種が あるかどうか、まだ調査が不完全である。しかし、コガネハナコホコリは冬から春に低地帯の生木樹皮上で 採集されることも多い。メイランアミホコリは秋でもかなり寒くならないと発生しない傾向があるが、 暖冬の年は冬の12月頃に発生することも多い。


V-5.生物季節学的二様性phenological bimodality
 変形菌には一年のうちに二回発生が見られる種がある。ヤリカミノケホコリ、ナガホカミノケホコリ、 ハジケカミノケホコリ、クロアミホコリ、カクミアミホコリなどは、しばしば早春と秋に採集される。 マメホコリは梅雨明け頃と秋に発生のピークがある。また、ワガタホネホコリは梅雨明け頃にクリの落葉などに 発生するが、秋にはツガなどの針葉樹に付着したコケ類の上に発生するので発生基物が異なる。この現象の原因は たぶん温度によるものと思われるが、餌の種類などの解明はなされていない。