VI.遷移と変形菌
 群落の移り変わり(遷移)は長期にわたる変化であるので、これに伴う変形菌相の 変化についての研究は殆どない。また、樹木の腐朽の進行に伴う変形菌相の変化に ついての研究も何年間かの観察が必要なので、類推による研究が殆どである。 しかも餌となる細菌類などの変化についての研究も極めて不充分であるので、 これらの研究は今後の課題の一つである。

VI-1.植物群落の遷移と変形菌
 群落は裸地から地衣・コケ群落、草原(1年生草本、多年生草本)、陽樹林と変化し、 最後には陰樹の極相林(安定相)となると言われている。この変遷に伴い、変形菌の 餌の種類やすみかとなる樹種が変化するので、変形菌相が変化していくことが想像される。 しかし、ある特定地域の群落の遷移と変形菌について、まとめた論文は見られない。 筆者の経験では、照葉樹林帯の腐木生変形菌は、陽樹林から陰樹林へ移り変わっていく 段階に最も種類が多く見られるように思う。例えば、アカマツが徐々に枯れてシイやカシの 林に変わりつつあるような混交林には、腐木が多く、広葉樹のリターは発達し、樹冠の間隙も あって光が差し込みやすいので、変形菌の生息条件が整っている。

VI-2.死木変形菌の樹幹での遷移
 樹幹の腐朽の進行につれてそれを分解する細菌類や菌類の種類が変化し、樹幹は軟らかくて 多孔質となるので、変形菌の種類は変化していく。筆者の経験では、腐朽が進んでいる落枝を 湿室培養して経過を観察すると、まず最初にツノホコリ類が発生することが多いので、 フィールドワークでツノホコリを見つけると、変形菌の発生初期だと考えてよい場合が多い。 また、ウツボホコリ類も早期に発生する傾向がある。フィールドではオオムラサキホコリ、 ソラマメモジホコリ、ドロホコリ類、ハシラホコリ類などは、腐朽のあまり進んでいない硬い広葉樹 の樹皮に発生することが多い。マツノスミホコリもたいていの場合、立ち枯れした腐朽度の低いマツ類の 樹皮に発生する。クモノスホコリなどのアミホコリ類はふつうマツなどの針葉樹の腐木に発生するが、 広葉樹でも腐朽が進んで、すぐ砕けるような状態になると発生することもある。Kalyanasundaram & Ragu(1999)は インドのパツラマツのプランテーションで、腐朽度と死木変形菌の関係を調べた。腐朽度を4段階(0、+、++、+++)に 分けて調べた結果、部分的に腐った腐朽度++の木に最も変形菌が多く、その種類は非石灰性変形菌 (コホコリ目、ケホコリ目、ムラサキホコリ目)が多く、石灰性変形菌(モジホコリ目)の種は少なかった と言う。また、モンスーン期では採集品の半分以上、その他の時期には発生基物となった木の98-99%に 担子菌の子実体や菌糸があったので、変形菌は担子菌が部分的に材を分解したのち、樹木を分解し始めると考えている。 このような傾向は日本でも認められる。Takahashi(2002)は土壌硬度計を使用した測定値から、 アミホコリ属の種は軟らかい針葉樹の材を好むと言っている。