VIII.変形菌の食物連鎖
変形菌の餌となる生物は肉眼で確認できないので、極めて漠然としている。また、
細菌や酵母菌類を餌としているとしても、変形菌は特定の基物を好む種類も多いので、
細菌などの種類を特定する必要がある。この研究の不足のために、現在でも培養できない
変形菌の種類が多くある。また、変形菌がどのような生物の餌となって食物網を形成して
いるのかについての研究も充分ではない。この研究が進めば変形菌のニッチの概念も変化
するかもしれない。
VIII-1.捕食者としての変形菌
変形菌の餌はおもに細菌類や酵母菌類と考えらているが、モジホコリやゴマシオカタホコリ
などはトウモロコシやカラスムギなどの果実で培養できる。更には植物遺体やキノコやカビ
などの真菌類なども餌とすることができる変形体の能力から考えると、本来は雑食性である
と言えるかもしれない。しかし、フィールドでの観察では、トウモロコシなどのような穀物
との結びつきは非常にまれで、これらを常食しているとは考えられない。また、一方で肉類
などを与えて変形菌を培養したという報告も聞いたことがない。
VIII-1-1.餌としての細菌
渡辺篤(1932)は寒天培地に細菌を環状に塗布し、変形体がその細菌を追いかけて食べる様子
から、変形体が細菌を好む度合を調べた。その結果、細菌を好む度合はゴマシオカタホコリ>
ユガミモジホコリ>ソラマメモジホコリ>ナバカタホコリ>シロエノカタホコリ>ススホコリ>
ヨリソイヒモホコリ>オオムラサキホコリ、エナシフクロホコリ、クモノスホコリ>マメホコリ、
エツキクダホコリ>コウツボホコリ、ウツボホコリ>クダマキフクロホコリ>ジクホコリ>ツノホコリ
の順に弱くなった。また、細菌が変形体に好まれる度合は、Bacillus zopfi>Staphylococcus aureus>
Sarcina sp.>Sarcina lutea>Micrococcusluteus>B. fluorescens liquefaciens>B. vulgaris>
枯草菌>B. mycoides, B. violaceus>B. prodigiosus>大腸菌>Lactobacillus>Micrococcus ochraceus>
B. pyocyaneus>B. megatheriumの順に低下するという。
VIII-1-2.餌としての原生生物
腐木の中やリター層、生木の樹皮や植食動物の糞などには原生動物が多く、変形菌の餌と
なっている可能性がある。また逆の場合も考えられるが、これらの種間関係についての
報告は不明であるので、これからの研究課題となる。
VIII-1-3.餌としての原生粘菌・細胞性粘菌
原生粘菌や細胞性粘菌は腐った花や土壌中に世界的に広く分布している。従って、この仲間を
リター変形菌が捕食している可能性は充分考えられる。しかし、日本ではこれらの種間関係に
関する報告は見たことがない。Clarkら(1996)によると、変形菌と細胞性粘菌を混合培養した場合、
無配生殖性の変形菌はそれほど影響されないが、異株性のものでは、変形体形成と成熟が著しく
遅れると言うので、細胞性粘菌が変形菌にとって有害な物質を分泌しているかもしれない。
VIII-1-4.餌としての藻類
変形菌が発生する生木の樹皮などには陸生藻類が発生している例がしばしば見られる。また、
変形菌の子実体に藻類が付着している例も顕微鏡下でときに確認できる。従って、藻類が変形菌の
餌となっている可能性は否定できない。Skulberg(1958)はマンニトール寒天に藍藻類のユレモの一種を
加えて変形菌を培養した。Lazo(1961)はホネモジホコリ、クダマキフクロホコリ、モジホコリ、
ネズミススホコリ、ススホコリの変形体に緑虫植物の一種と9種のクロレラを加えて培養した。
その結果、ホネモジホコリとネズミススホコリはクロレラ属の3種を取り込んで変形体が緑色になった。
藻は消化されたり分裂したりし、さらにはネズミススホコリの場合は子実体も形成した。
しかし、ホネモジホコリの場合は藻を入れた場合でも、細菌を含まないときは子実体を形成しなかったと
言っている。Zabka & Lazo(1962)は、ネズミススホコリの変形体とクロレラの一種に放射性のリン酸を
取り込ませ、非放射性の株と混合培養した。その結果、変形体とクロレラは両方とも放射性のリン酸を
取り込み、リン酸は相互に移動することがわかった。これは藻と変形菌の共生の可能性を示唆していると言う。
VIII-1-5.餌としての子嚢菌類
Howard & Currie (1932)は子嚢菌類のアカパンカビやアオカビ類の菌糸は変形体の餌になるという。
渡辺篤(1933)は寒天培地に酵母菌を環状に塗布し、変形体が酵母菌の環を追いかけて食べる様子から、
変形体が酵母菌を好む度合を調べた。その結果、酵母菌を好む度合はゴマシオカタホコリ>コウツボホコリ、
ナバカタホコリ、ススホコリ、ジクホコリ、シロエノカタホコリ>マメホコリ、エツキクダホコリ>ユガミモジホコリ、
ヨリソイヒモホコリ、クモノスホコリ>オオムラサキホコリ、ソラメモジホコリ>クダマキフクロホコリの順に
弱くなった。また、酵母菌の変形体に好まれる度合は、ぶどう酒酵母>Pseudomonilia rubicundula>S. apiculatus>
モーゼルぶどう酒酵母>S. cerevisiae>酒酵母>S. formosensis, S. zenda>S. chevalieri>下面発酵ビール酵母>
S. cersbergensis>S. marxianus>Torula shibatana>T. suganiiの順に低下するという。
VIII-1-6.餌としての担子菌類
担子菌類の子実体(キノコ)と変形菌の関係については、Lister (1888)がキノコ(キウロコタケ、
コウヤクタケ類、カワラタケなど)を餌としてブドウフウセンホコリの変形体を培養して以来、
この種はキノコを好んで食べることが知られている。日本でも原田(1977)により、ブドウフウセンホコリに
よるナメコの食害が記録されている。Sanderson(1922)はマレーシアでイタモジホコリの変形体がスエヒロタケなどの
キノコを、サラモジホコリはキクラゲ類を好んで食べる例を観察している。Howard & Currie (1932)は
キノコ類およびその菌糸と変形体の関係を調べた。その結果、オチバフウセンホコリ、ブドウフウセンホコリ、
アミタマサカズキホコリ、ブレフェルトホコリ、ススホコリ、ヌカホコリ、ウリホコリ、マメホコリ、
キカミモジホコリ、モジホコリ、イタモジホコリ、アシナガモジホコリ、ミドリフクロホコリ、エツキケホコリの
変形体はキノコを食べる性質があると言う。また、オウドウツボホコリ、アミタマサカズキホコリ、
ブドウフウセンホコリ、ブレフェルトホコリ、ススホコリ、ヌカホコリ、ハチノスケホコリ、ウリホコリ、
フンホコリ、マメホコリ、ハイイロフクロホコリ、キカミモジホコリ、モジホコリ、アシナガモジホコリ、
ミドリフクロホコリ、アオモジホコリ、ムラサキホコリ、エツキケホコリ、トゲケホコリ、キンチャケホコリは
担子菌類の菌糸を食べる性質があると言っている。
VIII-2.被食者としての変形菌
変形菌の子実体を観察すると、殆どの場合に小さい虫が一緒に見られる。しかし、変形菌を餌とする
動物の報告はまれで、その実体は殆ど解明されていないと言ってもよい。胞子の散布の項で書いたように、
変形菌の変形体や子実体は一部の節足動物(ダニ、甲虫、双翅類など)の餌となっている。しかし、森林の
リター層や腐植層にはその他、多種多数の双翅類、トビムシ類、ダニ類、線虫類などがいるので、それらの餌と
なっている可能性は高い。また、軟体動物の腹足類に属するナメクジやカタツムリは変形体を食べることがあるというが、
これらの食性から考えて、これは偶発的な現象と考えたほうが合理的であろう。
VIII-3.変形菌に寄生する菌
変形体は原形質の塊であるので栄養に富んでいる。したがって、変形体に寄生する菌はかなり多いと思われるが、
フィールドでの変形体の発見例が少ないこともあって、報告数は少ない。ブドウフウセンホコリの変形体の
条件的寄生菌として、酵母菌目のDipodascus macrosporusが報告されている。変形菌の子実体に寄生する種類としては、
核菌類の6種(Nectriopsis candicans, N. exigua, N. hirsuta, N. oropensoides, N. sporangiicola, N. violacea)が、
ススホコリやムラサキホコリなどに寄生することが報告されている。これらの分生子世代はAcremonium
、Verticillium、Gilocladiumとして知られている。不完全菌類では、ムラサキホコリの子嚢に線菌類の
Acrodontium myxomyceticola、ヘビヌカホコリなどの子実体に線菌類クモタケ科のHymenostilbe glandiformisや、
麦角菌目のByssostilbe stilbigerなどが寄生することが知られている。米国のRogerson & Stephenson (1993)は
変形菌に寄生する菌類をまとめて、子嚢菌9種(Byssostilbe, Melanospora, Rhynchonectria, Nectriopsis)、
不完全菌24種(Aphanocladium, Polycephalomyces, Stilbella, Acremonium, Sesquicillium, Gliocladium,
Mariannaea, Paecilomyces, Verticillium, Hormiactis, Hyalodendron, Dendryphiella, Olpitrichum,
Calcarisporium, Pleurothecium, Acrodontium, Hansfordia)を列挙している。
VIII-4.変形菌の寄生性と病原性
変形菌がある植物に寄生した、というようなことがしばしば言われるが、変形菌が他の生物に寄生している
という確実な証拠はない。ブドウフウセンホコリの変形体は好んで担子菌の子実体(キノコ)を食べることが
報告されている。しかし、キノコが生えていない腐木にもしばしば見られ、キノコがあることが成長の絶対的な
条件とは考えられない。また、植物病理学関係の文献には、しばしば変形菌(粘菌)病という言葉が見られる。
それ故にか一部の変形菌は輸入禁止品となっている。変形菌の害と言われるものは、次のようなものがあげられる。
(1)大きな変形体が出現して、弱い植物体(特に苗など)を覆って窒息死または光合成障害を起こして枯死させる。
(2)変形体が一部のキノコ類(ナメコ、キクラゲなど)の菌糸または子実体を食害する。(3)変形体または子実体が
植物体(ユリ、イチゴなど)に付着して、見栄えが悪くなり、商品価値を下落させる。(1)にあげたような例は
極めてまれで、よほど適当な湿度と温度があり、餌(バクテリアや酵母など)が豊富な場合に限られる。しかし、
これは病気ではなくて物理的な現象である。二番目にあげた例も極めてまれで、ごく少量に限られる。これは
一時的な低温にさらしたり、弱い薬剤を与えたりして防げるし、人手で除去することも可能である。これも食害で
あって病気ではない。このような変形菌を輸入禁止品にすることは、カラスは柿を食べるからという理由で輸入禁止
にするのと同じことである。最後にあげた例は、変形体が這いあがって子実体を形成したもので病気ではなく、
人手で簡単に取り除くことができる。以上のように変形菌には病原性は認められない。また、変形菌は世界的広布種が多く、
日本でもふつうに見られる種類が殆どである。したがって輸入禁止品にする必要はないと思う。