<変形体の研究> 1つの細胞の中に大量の原形質と無数の核を持つ変形体は、生命現象の研究に最適です。そのため、市販のオートミールで簡単に飼うことができるモジホコリの変形体は、世界的に研究されています。 |
変形体の運動 − 原形質流動現象の定量化 − 変形体の原形質は、血液の流れのように激しく動いています。しかし、ポンプの役目をする心臓のようなものはどこにも見当たりません。では、どのようなメカニズムでこの流動が生じているのでしょうか? この疑問を解決する道は、まず流動の原因となる圧力差の測定から始まりました。この研究は、原形質流動の現象を量的変化に置き換えることに成功したため、変形体の運動に関する科学的研究の原点となりました。 |
変形体の運動 − 生化学的証拠 − 定量化の次は、原形質流動の原因となる圧力差発生の生化学的証拠がターゲットになりました。研究は思わぬ方向に進みました。変形体から、私たちの筋肉とまったく同じ性質を持つ大量のたんぱく質が得られたのです。このたんぱく質は、細胞のエネルギー生産工場といわれるミトコンドリアで作られるATP(アデノシン三燐酸)を加えると激しく収縮します。圧力差は、このたんぱく質の収縮と弛緩とに密接に関係していたのです。 筋肉組織を持たないアメーバや変形体のような細胞の運動は、どの様なたんぱく質の働きによって起こるのでしょうか? この疑問を解くきっかけとなった実験が、1960年代の初めに名古屋大学で行われました。変形体のしぼり汁にウサギの筋肉から精製したミオシンを加え、それにATPを加えると、混合液中で生じた沈澱が激しく収縮することが分かりました。筋肉のミオシンだけでは収縮が起こらないことから、筋肉のミオシンが変形体のしぼり汁の中に存在する変形体のアクチンと結合し、収縮能のあるアクトミオシンが生じたことをこの実験は示しています。変形体のアクチンは、精製の結果、意外にも試験管の中で直径6ナノメーター程度の細い繊維(F−アクチン)を作る等、筋肉のアクチンと大変よく似た性質を示すことが明らかになりました。続いてすぐに変形体からミオシンも精製されました。変形体からのアクチン、ミオシンの精製の成功は世界の研究者を刺激し、1960年代から1970年代にかけていろいろな非筋細胞からアクチンやミオシン、またその関連たんぱく質が精製されるようになり、筋肉を持たない細胞のアメーバ運動や原形質流動もアクチン、ミオシンによって起こることが明らかになりました。 変形体の運動 − 微細構造 − 変形体は、構造的にも私たちの筋肉と似ているのでしょうか? 筋肉は、規則正しく並んだ収縮性たんぱく質のアクチンとミオシンの繊維が相互の間に滑り込んで収縮します。ところが、変形体のアクチンとミオシンの繊維束は、収縮のときにちぢれて網状構造になってしまいます。構造的には筋肉と異なることがわかりました。今では収縮性たんぱく質はいろいろな生物から見つかり、筋肉以外の働きもしていることがわかっています。 変形体のミトコンドリア 1 − 核分裂の発見 − ミトコンドリアは、細胞核の周辺にあり、活動に必要なエネルギーを生産する「細胞内の発電所」です。この細胞ではないミトコンドリアが独自の核を持ち、核分裂を伴いながら分裂して増殖することは、モジホコリの変形体で初めて発見されました。その後、この現象はあらゆる生物に共通であることが明らかになり、最近ミトコンドリアが太古の昔に細胞内に共生したバクテリアの子孫であることも認められようになってきました。 変形体のミトコンドリア 2 − 性の発見 − 融合,組換え、プラスミドは,ミトコンドリアの性にとって不可欠です。ミトコンドリア融合を誘起するプラスミドは、モジホコリの変形体で最初に発見されました。このプラスミドは、寄生的で利己的なミトコンドリアプラスミドで、ミトコンドリアの融合と組換えを操作することができます。それは、大腸菌の性的因子Fプラスミドに類似しており、プラスミドの起源だけでなく性の起源をも示唆するものです。 変形体の原形質流動 一般に、生物の細胞には原形質流動が見られます。しかし、変形体の原形質流動は、他の生物とちょっと変わっています。第1に、比較にならないほど速く流れ、秒速1ミリを超します。第2は、ほぼ1分ごとに流れの方向を変えることです。流れの中には無数の核と大量の栄養物などが含まれています。 |